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あえばさんのブログです。(※ブログタイトルはよろぱさんからいただきました)
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writer:饗庭淵 2024-11-23(Sat)  
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:『断絶への航海』
writer:饗庭淵 2010-04-27(Tue) レビュー・感想・紹介 
~あらすじ~
系外探査を目的として開発された無人探査機SP3。
これに人間を乗せることはできないか?
今さら有人宇宙船への設計仕様の変更はできない。
ならばどうする? そう、わざわざ「成人」を乗せる必要はない。
人類の遺伝情報とその発生装置を積み、人類が生存可能な環境を持つ惑星を見つけたら、その場で人類を発生させればよいのだ。
その提案はただちに承認され、〈クワン・イン〉と名を変え飛び立った。

それから35年後。
アルファ・ケンタウリに到着した〈クワン・イン〉より地球へ連絡が入る。計画は成功した。
ただちに地球上の各勢力は恒星間移民船の建造に着手。
その惑星は〈ケイロン〉と名付けられた。
新秩序アメリカはいち早く〈メイフラワー2世〉を出航させ、ケイロンへ向かった。
約3万人を収容できる巨大宇宙船のなかで20年の歳月を過ごし、ついに到達。
そこで彼らが出会ったのは異形の文明社会だった……

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「異形の文明社会」
いや、理想郷というべきか。
だが、それは一元管理思想によるユートピアではない。
驚くべきことに、その社会には「貨幣」がない。
そして「政治」も「宗教」もない。さらには「法律」すらもない。
にもかかわらず、その社会は地球上のどの文明より成功している。
無政府地帯や無法地帯というと、我々の常識ではたとえば現在のソマリアのような無秩序を想像しがちだ。
だがケイロンは違う。無政府でかつ無法でありながら秩序が保たれている。

驚くべきパラダイムシフト。
政治・宗教はもとより通貨や法律すらも不要な社会がありうる。
我々は地球上の進化的拘束のためにそのことに気づけていないだけだ。
悪く言えば洗脳されているのだ。

ウィキペディアによれば、本作は「ホーガンがアイルランドに在住していた頃、友人とアイルランド問題について論じ、民族間の確執を根本的に解決するには、 少なくとも1世代の間、子供を親から引き離して育成・教育し、因習から解き放つ必要があると考えた事に着想を得た」とある。
つまりそういうことだ。
人類は我々が思う以上に賢く優れた生物だ。
足を引っ張っているのは過去の亡霊、歴史的拘束なのだ。

不要で邪魔で仕方がないが、アンインストールが異常なまでにめんどくさいソフトウェア。
邪魔だとは思いつつも、面倒なのでそのまま放置。
ディスク容量が足りなくなり、必要に迫られたときはじめて消す。
あるいは、容量をあまり食わない不要なファイル。
いずれもハードディスクを買い換える段になればわざわざバックアップはとらない。
既存のディスクから不要なファイルを消去する作業は面倒だが、新しいディスクに移し替える際は、コピーしないだけで不要なファイルは除去できる。
むしろコピーする方が面倒だ。
人類が地球を離れ、すなわちハードディスクを買い換えるとなれば、宗教や既得権益のバックアップは絶対にとらない。
同様に煙草も消滅するだろう。医学的に毒であることが証明されているのにもかかわらず現在も普通に販売されているのは、すでに地球上に手遅れなほどの中毒 者が蔓延しているのと、既得権益の影響力のためだ。
他にも、様々な不要で邪魔なものを脱ぎ去って人類は宇宙へ飛び立つ。


まあ、ケイロンに宗教や既得権益が存在しないこと自体はそこまで驚くべきことではない。
宗教は未開時代の名残であり、既得権益は成長期の名残だ。
いずれも人類の未来を妨げる害悪でしかない。
それらの影響力の及ばない未開の地で一から文明を建設するなら、そのようなものをわざわざつくる理由はない。
では貨幣はどうか?
たしかに人生は金のために大きく狂わされる。
金のために人が死ぬなど日常茶飯事。
しかし、貨幣のない経済はあり得ない。
貨幣とは物々交換を効率化したシステムだ。
なにかを得るためにはなにかを失わなければならない。
我々はそう思っているし、そう教わってきたし、そう教えるだろう。
だが、それは「資源は有限だ」という思い込みに根ざす偏見にすぎないのだ!

ケイロン人は「資源は無限にある」と考える。
土地面積に対し人口が圧倒的に少ないため土地を巡って争うことはない。
もし足りなくなれば別の惑星に移住すればいい。
また、核融合炉のためにエネルギーはほぼ無限に供給される。
現在開発中の反物質炉が完成すればさらに高効率でエネルギーは手に入る。
政治・宗教・既得権益が存在しないためその開発の足を引っ張るものもいない。
単純労働はすべてロボットが行う。

つまり、ケイロン人は働かなくていいのであるが、しかし働いていないわけではない。
単純労働はロボットに任せられるし、衣食住に困ることはない。
だがそれだけでは発展がない。生きていても面白くはない。なにせ娯楽もないのだから。
上のような反物質炉の開発には人間が必要だし、飲食店も人間が経営する。
(ただし、「店」を「経営」といっても、支払いの必要はない!)
彼らは他人から「尊敬」を得るために働く。
いわば「敬意」が通貨として機能している。


さて、通貨がないとどうなるか。
多くの犯罪もなくなる。
窃盗・強盗はもちろん、金銭目的の詐欺もない。
領土や民族という発想もないので不毛な争いもない。
「略奪」という発想が生まれないのだ。
また、金銭がなければそれに関わる民法の多くも不要になる。
残るのは私怨による殺人や快楽目的の強姦。
こればかりはなくならないが、しかし法律なしにうまく抑制できる。
これについては訳者あとがきの解説が興味深い。

「囚人のジレンマ」というゲームがある。
プレイヤーは二人の囚人であり、それぞれ「協力」と「裏切り」という二枚のカードを持つ。
両者とも「協力」を出せば胴元よりそれぞれ5ドル。
「裏切り」と「協力」では裏切った方が10ドル。協力は0ドル。
二人とも「裏切り」の場合は互いに0ドル。
このやりとりを何回か続ける。

さて、ここまで聞いて気づいたかも知れないが、このゲームは「裏切り」続けるかぎり負けない。
だが、互いに「裏切り」続けるといつまで経っても収入がない。
理想としてはずっと「協力」し続けることだ。
しかしいつ「裏切り」の誘惑にかられないともかぎらない。
ゲーム理論の研究者はさまざまな戦略を考案し、大会を催した。
優勝者は「しっぺ返し」戦略。
最初は協力し、裏切られたら裏切り返すという戦略だ。
以後、何度か大会が開かれ、「しっぺ返し」を超える戦略が現れたが、基本的には「しっぺ返し」型に準ずる。
たとえば「寛容なしっぺ返し」。
ただの「しっぺ返し」では「裏切り」合戦に陥る危険性があるので3回に1回は許す、というような。

さて、これを現実社会に当てはめてみると……?
現実の人間の多くはゲーム理論を知らない。
たとえば、現実にはなにがあっても常に「協力」を出し続ける「お人好し」がおり、それをカモにするものがある。
よって、その道の専門家が集まる大会のようにはいかない。
だがケイロンは違う。
ケイロンの住人は皆ゲーム理論を知っている。「しっぺ返し」が強いことを知っている。
ケイロンに法律はない。殺人は許されている。
が、必ず「しっぺ返し」がある。
よって「協力」を選択するのがもっとも賢明なのだ。

刑事的司法を信じるものにはある意味で悪夢のような社会。
しかし、司法の理想や目的は確実に実現している。
秩序ある暴力装置による司法は次善の策にすぎない。

ただ、一部道交法くらいは必要じゃないかなあとは思う。
左側通行とか、信号についての規格。
いや、現在の建築知識で一から都市を設計するなら車より効率的な移動システムは普通に考えられるか。
乗馬が趣味の域にあるように、自動車も移動手段ではなく趣味として残るくらいかな。
少なくとも罰則を前提とした法律はほとんど(というかすべて?)不要になるだろう。



簡単なことだった。
地球から出ればいい。
我々が逃れ得ない「現実」と絶望している多くのものは、地球上の制約にすぎないのだ。
これはSFだが、決して実現不能な未来ではない。
哲学者や心理学者が「異世界願望」として嘲笑するそれを、テクノロジーは実現する。
そうだ、テクノロジーとシステムの発明だけが歴史を変える。
それ以外の一切は次善策でしかない。

断 絶への航海 (ハヤカワ文庫SF)
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