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『魔王』
writer:饗庭淵 2010-04-28(Wed) レビュー・感想・紹介 
以下、ネタバレ前提でレビューします。
ちなみに伊坂幸太郎の『魔王』のことです。
(同タイトルの作品が多すぎるw)

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結論から言うとかなりよくできてる。
漫画版から入ったがどちらかといえば原作の方が好みだ。
というのも、漫画版でいくらか残念だった超能力バトルだが、原作ではそのへんがほどよいバランスで曖昧に描かれている点。
また、不穏な空気の漂う犬養だが、悪として糾弾できるような決定的な隙を見せない点。
描写から推し量るに、犬養がその政権のために背後で暴力を用いているのは間違いない。
ただ、漫画版ではハッキリと描かれていたのに対し、原作では決定的な描写はなく、推測に頼るほかない。
『呼吸』から島の台詞を引用しよう。

「まず一つ目は、犬養が、自分たちに厳しい、ってことだ。今までの政治家は、自分たちに不利益になるようなことからは逃げてきた。偉そうなわりに、自分には甘いんだよ。
二つ目の理由なんだが、犬養はラッキーなんだよ。反対する議員が、その親玉みてえのが、ことごとく舞台から姿を消した。昔のくだらない不倫が発覚したり、不正献金の事実がすっぱ抜かれたり、後は、犬養を異様に敵視していた当時の与党の古株が死んじまったってのが大きかったな」

犬養に心酔する彼は、犬養が躍進した要因に「自分に厳しい」という性質をまず一つ目に上げている。
だが、実際には二つ目の方が明らかに大きい。
民主政治の欠点は機動力の低さにある。
よくいえば慎重であり、多くの防止弁がついているともいえる。
それがあるからこそ、一人や二人のカリスマで民主政治は激変しない。
そしてそうあるべきなのだ。

スキャンダルによる追い出しも犬養のブレインの手筈であろうし、特に重要である暗殺も、マスターの仕業と考えて間違いない。
(原作ではマスターが超能力者であるという直接的な描写はない)
結果として犬養は政治的に大きな功績を出している。
だが、そのための方法が問題だ。
安藤兄の亡きあと、このことに気づいているものはいない。
たしかに犬養は国民に選ばれた。
しかし、国民が選ぶべき政治家は犬養だけではならない。
何百人もいる政治家の中から、それぞれの主張に耳を傾け、ふさわしい人物を選ばなければならない。
でなければ間接民主主義とは言い難い。
決して成熟することのない大衆は、たしかに一人の優秀な独裁者に比べ多くの過ちを犯すだろう。
だが、重要なのはどんな選択でも有権者が選択したということ、国民が責任を負うことだ。

犬養は作中の終盤においてそのことを真摯に訴える。
第一部にて安藤が犬養にいわせた言葉「私を信じるな」を、犬養が自らの口で語る。
これは、もしかすると犬養の反逆だったのではないか。
トップに君臨しているはずの犬養が「反逆」とはおかしな話だが、なにに対する反逆か。
漫画版ではもっと明確に描かれているが、原作においてもおそらく犬養はマスターの暗躍をあまり快く思っていなかった。
犬養はいかなる意味においても優秀で誠実な政治家だった。
彼は自らの理想の実現のため、暴力やプロバガンダなど汚い手段も辞さなかった。
はじめからそれを必要悪と捉えていたのか、あるいは5年の月日で考えが変わったのかはわからないが、彼はこのままではいけないと考えた。
政治は個人の力によって実現されるべきではない、と。
あるいはこういうシナリオも想像できる。
犬養は街頭演説にて「私を信じるな」と安藤の腹話術によってしゃべらされた。
彼自身に意識はなかったが、彼の側近、たとえばマスターが「あれはどういう意味だったんだ?」と聞く(しかし、マスターは安藤の能力を知っている節があるため、実際にはマスターではない別の誰かか)。
犬養はもちろん「そんなことを話した覚えはない」と答えるだろうが、そこで考え、そしてその意味を知る。
結果、彼の思想に重大な変化をもたらし、そして彼のあの演説にいたる、というシナリオ。
つまり安藤の死は無駄ではなかったという解釈。これは熱い。

しかし、すでに取り返しのつかない地点まで来ているのではないか、という危惧もある。
大衆の過熱はもはや止められず、あるいは、急速に冷めていく大衆に犬養は見放されるか、そのいずれか。
少なくとも、重要な側近であったマスターに彼は見捨てられた。
暴力やスキャンダルのすっぱ抜きなど汚い手段は今後一切用いない。
そして犬養はただ一人の政治家となる。
彼の真価が試されるのはこれからだ。
真の敵は、彼に心酔している大衆なのだ。


さて、ずーっと犬養のことを語ってきたが、主人公は彼ではなく安藤兄弟のはず。
しかし、彼らは主人公というより狂言回しに近い。
それでもやはり彼らにも彼らのささやかな生活があり、『呼吸』の結末はかなり印象深い。
『呼吸』では憲法改正についての議論が物語の主要な核となっている。
すなわち9条。自衛のために武力を持つべきか否か。
政治的なメッセージが主要なテーマでないこの作品では、まさに大衆といった稚拙な議論が繰り返されやきもきするが、潤也の選択はこの議論と密接にリンクしている。
最初、彼は「いっそのこと無防備になっちゃけばいいんじゃね?」とかなりアホな発言をしていたが、議論を繰り返すうちにその考えを改める。
最後、彼は彼の得た能力によって大金を得る。
これは、島の言っていた世界を変えるための力なのか、あるいは自衛手段としての力なのか。
どちらでもあるだろうが、おそらくは後者の意味合いの方が強い。
すなわち世間という怪物から身を守るための力だ。
「憲法だとか社会的な問題より目の前の日常的な問題の方が大事」というのも、いかにも大衆的な愚かな考えだが、そのような考えではあまりに危険であると、潤也は思索によってではなく(しかし生前の兄の思想にかなり影響を受けながら)直観によって気づいた。
その結果の選択が、大金を手にするという単純な方法だった。
彼はこの大金でなにをするつもりなのだろうか? それともなにもしないのだろうか?
重要なのは、彼が一歩でも確実に前に進んでいるということだ。

犬養にしても潤也にしても、未来への道筋をを示しながら、しかし安易に楽観的にも考えられないというこの結末はかなり好みだ。
というより理想的であるとすら思っている。


残念な点を挙げれば、作者があとがきにも述べているよう、まず政治に関する知識と想像力の乏しさだ。
だが、物語の主役は盲目的な大衆であり、安藤もいくら賢いといってもただの会社員に過ぎない。
おそらくは作者の力量不足によるものだろうが、登場人物の知識不足とも解釈でき、逆にリアリティを増している。
不足部分すら評価を下げる要因にはならないとはなかなか巧妙だ。
意図してか天然かは定かでないが。

あと気になったのは、『魔王』において文章の冗長性だが、『呼吸』においてはあまりその点が感じられず、『魔王』に感じられた冗長な感じは安藤兄の「考えすぎ」によるものだという解釈ができ、なかなか隙がない。
唯一たしかにダメ出しができるのは演出と構成。これは漫画版の方が格段に優れている。
これはメディアの差と後発の利によるところも大きいだろうが、やはり原作『魔王』の構成の悪さは目立つ。
というのも、回想の多用と説明的すぎる点だ。
しかし『呼吸』についてはほとんどダメ出しできるところがない。
うーん。うまくできてるなあ。

ただ、この『魔王』から入って伊坂の作品はいくらか読んだが、ぶっちゃけつまんないね(´・ω・`)
伊坂にとっては『魔王』は異色の作品らしい。それが僕にとって肌に合ったということは、スタンダートの方は合わないってことなのだろう。

魔王 (講談社文庫)
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