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『めだかボックス』
writer:饗庭淵 2010-06-16(Wed) レビュー・感想・紹介 
西尾維新の他の作品は読んだことがないので、彼自身について言及しないが、この作品に関していえば描写不足が非常に気になる。
はじめはただつまらないだけの漫画だったが、最近はようやくなにがしたいのかがわかってきた。
しかし、かといって面白いわけでもない。
この作品はその説明に終始するだけで、圧倒的に描写が足りないからだ。
漫画ではなく筋書きを読まされている気分になる。
「こういう展開を思いついたよ」「こういう設定ってどうかな」という説明ばかりが目につく。
思いつき自体はそれほど悪くないのが残念なのだ。

たとえば、この作品には「異常」「特例」「通常」という概念が登場する。
最初にこの概念が説明された回(22箱)での印象は、多くの漫画でありがちなように「異常>>(越えられない壁)>>特例>通常」といったものだった。
だが、すぐにこの先入見は壊される(24箱)。
はじめは「異常>特例」を前提とした番狂わせかと思ったが、それ以降も「異常」は次々と「通常」や「特例」に敗れていく。
戦闘前にはお約束の「異常すげー」と前振りしながら、戦ってみると大してすごくなく、結果としてガッカリする。
事前に「戦闘向きではない」とご丁寧に説明するものもいる(34箱、47箱)。
読者から強いと誤解されがちな、しかし実際には強くない敵を「戦闘向きではない」などと説明するのは、敗北フラグというより敗北という結果を読者に納得してもらうための布石だ。※
結果が見えているのでハラハラドキドキは期待すべくもない。

これらの展開に読者は驚いたのではなく、ただ当惑した。
説明がなされば普通はその描写が期待される。
だが、「異常すげー!」という期待された描写はなされず、ガッカリな展開が続いた。
「異常」だからといって「特例」より強いとは限らず、それどころか「通常」より強いとも限らない。
そのことを示すために、おそらくは意図的になされた展開なのだろう。
が、結局は説明に説明を重ねているだけに過ぎない。
ゆえにどうにも腑に落ちない。

で、最新話(54話)の話。
都城王土が当初の印象からどんどん格を落とし、挙げ句の果てに「異常性に振り回されていただけ」という展開は予想もしていたし、納得もできたが、これも「異常性に振り回されてました」と説明しているにすぎない。
「異常性に振り回されていた」というなら、彼自身はそのことに気づかない・認めたがらないというのがリアルだろう。
現在がその状態であるのかも知れないが、象徴的な回想エピソードによってそれは「説明」されてしまっている。
それがなんとももったいない。
傲岸不遜に振る舞う彼を、「もしかしてこいつ能力に振り回されているだけなんじゃね?」と思いながら読んでいるうちのが面白かった。
いつかはそのことを明かさなければならないが、せめてもっと間接的な方法もあったはずだ。
異常性を制御できていた13人として宗像形がいた。
他の13人は制御できないことなどが示された。
本人の意志とは無関係に異常が発動するケースなどもあった。
めだかの洗脳によって「異常」に人格を奪われるエピソードも描かれた。
伏線は十分に張られている。これらをもっと巧く利用できなかったのか?
自由意志や人格形成がテーマの一つになっているようだが、「異常性に振り回されている」かどうかなど本来は客観的に示せるものではないはずだ。
洗脳にしても、そう簡単に解けるものでもないし、解けるにしても文字通り目の色が変わるといったわかりやすいポイントはない。
それを記号的・明示的に描いてしまうのは、やはりもったいない。
科学的な部分での突っ込みはもう野暮だとわかったから、テーマとして設定した内容くらいはリアルさを追求してもらいたいところ。
うまく描写できれば面白くなりそうな素材を説明によって台無しにしてしまうのはこの作品に限ったことではない。
本来は目に見えない概念を大胆に視覚的に表現する面白さを持った漫画もあるが、この漫画にはそれすらもない。


おそらく、こういった評価を受けることも作者は自覚している。
そして、評価を悩ませるために予防線を張りまくっている。
そのせいでいちいち何度も読み返させられた。
マジレスしたら負け、なにをいっても「わざとです^^」と返されそうな感がある。
「面白さ」よりも、彼はそういった形でのエンターテイメントを提供しているのだろう。
漫画という媒体で漫画的でない作品を描くことで読者を挑発しているかのようだ。
こんなふうに長々と感想を書いてしまったり、なんだかんだ気になる作品ではあるからね。
ハッキリ言って、『めだかボックス』は面白くない。だが、エンターテイメントとしては成立している。
西尾維新ってたぶんそういう作家なんだと思う。他の作品は知らないし、興味もないけど。



※『ひぐらしの鳴く頃に』
少なくとも2回は「戦闘向きでない」と説明し、強引に勝敗結果を納得させようとしていた失敗例。

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